日本の山 《 Vol.6 》

【 蓮華・針ノ木山系縦走 】
 
2015年9月13日(日)〜18日(金)(前泊・後泊含む)
所在地:長野県〜富山県
走行距離:566km(自宅 → 七倉山荘)

【七倉山荘(標高1,050m):長野県大町市平区高瀬入】 

(総文字数 約12,000文字)
実施行程表(※明記の標高は誤差があります)


第1日(14日/月曜日/天候:晴れ 後 曇り)

▼七倉山荘(5:45) …登山口は橋を渡って直ぐの山ノ神隧道入口を右折(標高1,050m).

 <七倉岳登山口(隧道内より撮影)> 
   ↓35分
▼標識「1/10」(6:20) …船窪小屋までの標高差1,400mを10等分した標識(標高約1,190m).

 <標識「1/10」> 
   ↓35分
▼尾根その1(6:55) …第一の急登を登り切った尾根(標高約1,350m).

 <尾根その1> 
   ↓45分
▼唐沢のぞき(7:40) …振り返ると唐沢岳(標高2,632m)が望める(標高約1,500m).

 <唐沢のぞき> 
   ↓1時間
▼標識「5/10」(8:40) …20人ぐらいのグループとすれ違う(標高約1,750m).
   ↓30分
▼七鞍の森(9:10)…陽が差し込み明るい針葉樹の森(標高約1,865m).

 <七鞍の森> 
   ↓10分
▼標識「6/10」(9:20) …鼻付八丁の始まり(標高約1,890m).

 <鼻付八丁> 
   ↓35分
▼標識「7/10」(9:55) …鼻付八丁の終わり(標高約2,030m).

 <鼻付八丁ゴール地点付近> 
   ↓55分
▼天狗の庭(10:50〜11:35) …雲が懸かり見晴らしはイマイチ.弁当を食べる(標高約2,260m).

 <天狗の森> 
   ↓55分
▼船窪小屋(12:30) …いつものように小屋前のベンチに座ってしばらく休憩(標高2,450m).

 <船窪小屋到着> 
 

 

 
歩行  6時間
休憩     45分(昼食含む)          計 6時間45分
 


第2日(15日/火曜日/天候:晴れ 後 曇り)

▼船窪小屋(5:30) …小屋周辺からの眺望を満喫してから出発.

 <槍ヶ岳遠望> 
   ↓15分
▼七倉岳(5:45〜5:50) …針ノ木岳(左),蓮華岳が並んで姿を見せる(標高2,509m).

 <七倉岳頂上> 
   ↓40分
▼鞍部(6:30) …ひとつ目のコル(標高約2,340m).
   ↓15分
▼七倉乗越付近(6:45) …ふたつ目のコル(標高約2,250m).
   ↓55分
▼北葛岳(7:40〜7:50) …晴れ渡り,清々しい気分(標高2,551m).

 <北葛岳頂上> 
   ↓55分
▼北葛乗越(8:45) …蓮華岳までの標高差500m余り.心臓破りのきつい登りが待っている(標高2,275m).

 <北葛乗越> 
   ↓2時間
▼蓮華岳(10:45〜11:40) …三角点で弁当を食べる.山頂近くに若一王子神社奥社がある(標高2,799m).

 <蓮華岳頂上の三角点> 
   ↓20分
▼蓮華岳西峰のピーク付近(12:00) …広く緩やかな尾根(標高2,754m).

 <西峰ピーク付近> 
   ↓45分
▼針ノ木小屋(12:45) …小屋前にある丸太のベンチで一服の後,宿泊手続き(標高2,536m).

 <針ノ木小屋> 
 

 

 
歩行 6時間 5分
休憩 1時間10分                 計 7時間15分
 


第3日(16日/水曜日/天候:晴れ 後 曇り)

▼針ノ木小屋(5:10) …薄明かりの中,ヘッドランプを点けて出発.

 <夜明け前の針ノ木小屋> 
   ↓30分
▼休憩(5:40〜5:45) …ウインドブレーカーを脱ぐ(標高約2,640m).
   ↓35分
▼針ノ木岳(6:20〜6:35) …眼下に黒部湖を挟み,立山連峰が見渡せる(標高2,821m).

 <針ノ木岳頂上> 
   ↓55分
▼小スバリ(7:30) …黒部湖を左に見下ろしながら歩く(標高約2,680m).

 <スバリ岳へ縦走中> 
   ↓15分
▼スバリ岳(7:45〜7:50) …狭い山頂.見晴らし良好(標高2,752m).

 <スバリ岳頂上> 
   ↓1時間5分
▼最低鞍部(8:55)…スバリ岳〜赤沢岳縦走の中間付近(標高2,494m).

 <最低鞍部付近> 
   ↓50分
▼赤沢岳(9:45〜11:00) …時間調整を兼ね,大休息(標高2,678m).

 <赤沢岳頂上直下> 
   ↓1時間15分
▼鳴沢岳(12:15〜12:25) …ガスが掛かり始める(標高2,641m).

 <鳴沢岳頂上> 
   ↓45分
▼新越山荘(13:10) …新越乗越に建つ山小屋(標高2,465m).

 <新越山荘> 
 

 

 
歩行 6時間10分
休憩 1時間50分                 計 8時間
 


第4日(17日/木曜日/天候:雨)

▼新越山荘(6:20) …朝食後,雨が降り出す.レインウェアを着込み出発.

 <雨の新越山荘> 
   ↓1時間
▼岩小屋沢岳(7:20〜7:30) …雨天であるが,視界はまずまず(標高2,630m).

 <岩小屋沢岳頂上> 
   ↓20分
▼ピーク(7:50) …このころになると,視界はほとんど効かなくなる(標高約2,500m).
   ↓50分
▼種池山荘(8:40) …傍らに小さな池「種池」がある(標高2,450m).

 <山荘手前にある種池> 
   ↓45分
▼ガラ場(9:25) …通行注意箇所(標高約2,050m).

 <ガラ場> 
   ↓3時間
▼柏原新道登山口(12:25) …扇沢出合. 扇沢ターミナルまで徒歩15分の場所(標高1,350m).

 <柏原新道登山口> 
 

 

 
歩行 5時間55分
休憩    10分                 計 6時間5分
 

 
 今を去る5年前(2011年)の9月,読売新道から続く「黒部湖周遊道路」を黒部ダムまで辿った.湖の対岸に聳える針ノ木山系を眺めながら,延々5時間余り掛けて歩き続けた.歩きながら,その時ふと思った.『いつかあの針ノ木山系を縦走してみよう』 そして今回,やっとその機会が訪れた.例年なら9月中は仕事が忙しくてその気にならないが,数年ぶりに今年はヒマになった.早速,ネットで現地の週間天気予報を調べると,向こう一週間の前半はまずまずの天気だが,後半は下り坂になる模様である.イマイチの天候であるが,贅沢は言っていられない.行ける時に行かなければならぬ.よってこの前の「仙塩尾根縦走」の時と同様,即,実行を決断.
 

 
第1日(14日/月曜日/天候:晴れ 後 曇り)
 
 前泊した七倉山荘(標高1,050m)を5:30に出て,山荘前駐車場のマイ・カーに立ち寄る.手持ち品を車に置き,次いで登山靴に履き替え,登山装備を調え出発(5:45).七倉沢に掛かる橋を渡ると,直ぐに山の神隧道に入る.船窪小屋への登山口は,この隧道入口の右側にある.突き当たりの標識を曲がると,最初の急登が始まる.これから七倉尾根の稜線を辿ることになる.登山開始より35分で標識「1/10」に到着.標識下部に「標高差140m毎」と書いてある.船窪小屋の標高は2,450mなので,標高差は1,400m丁度になる.それにしても親切な標識である.標識「2/10」を過ぎて10分ほどで,ベンチのある尾根(標高約1,390m)に到着(6:55).
【七倉駐車場より1時間10分】

 <登山道突き当たりの標識>



 <ベンチのある尾根>

 
 ベンチで休憩せず,先へ進む.しばらく比較的“緩い坂”が続く.急坂をこなした後は,多少の坂でも緩く思える.ベンチのある尾根より45分で,岩の転がる「唐沢のぞき(標高約1,540m)」に着く(7:40).ここはトンネル中間点の丁度真上に位置する.ところで“唐沢”とは高瀬川を隔てて南に聳える唐沢岳(標高2,633m)のことであって,“沢”を意味するのではない.大岩がいくつか鎮座する岩小屋(又は岩小舎)を過ぎると,いよいよハシゴが目立つようになる.標識「5/10」付近(標高約1,750m)で20人以上のグループに出会う.登山は登り優先が基本.彼らは下山中なので,道を空けて待ってくれている.そこでいつもより格段に速いペースでハシゴをよじ登り,無理をして坂を駆け上がる.彼らが去った後しばし立ち止まり,息を整えたのは言うまでもない.これ以降,陽光が差し込む明るい森林帯へと変わり,気分は上々.立て札には「七鞍の森」と表示されている.約30分間,散策と森林浴を楽しみながら登る(9:20).
【七倉駐車場より3時間35分】

 <唐沢のぞきの岩>



 <「七鞍の森」の立て札>

 
 「6/10」の標識(標高約1,890m)を過ぎた辺りから,いよいよこのルートの最大の難所「鼻付八丁」が待ち構えている.“胸”付八丁と云うのは聞いたことがあるが,“鼻”付八丁は初耳だ.その名の通り,ハシゴが連続するきつい登りが続く.しかしこれと言って危険な箇所が無いのが幸いだ.途中,樹間から北アルプスの盟主でありシンボルでもある槍ヶ岳(標高3,180m)が望める.南アルプスの北岳(標高3,193m)と共に,いつか登らなければならない山のひとつだ.急登は標識「7/10」(標高約2,030m)で終了する.ここまで登って来ると木々も次第に疎らとなり,やがて低木に変わる.周囲の景色も開けてくるが,だんだんと雲が懸かり始めた.「天狗の庭」(標高約2,260m)に着く頃(10:50)には,すっかり雲が垂れ込めた.晴れていれば,南面に拡がる峰々が一望に見渡せるのに残念.ここで休憩兼昼食(勿論,朝食も兼ねる)とする.なお休憩するのは,本日初めてである.
【七倉駐車場より5時間5分】

 <鼻付八丁>



 <連続するはしご>



 <天狗の庭>

 
 斜面の小岩にどっかと腰掛け,雲の流れを眺めながら弁当を食べる.時折,雲の切れ間からロックフィル式の高瀬ダムが姿を見せる.5年前に高瀬ダムからブナ立尾根を登り,烏帽子岳(標高2,628m)山頂に立ったことを思い出す.「ブナ立尾根」と言えば,日本三大急登のひとつに数えられる.当時,七倉から高瀬ダムまでタクシーを利用したが,その運ちゃんの話に依ると『七倉尾根がもっときつい』ということであった.ブナ立尾根は,ハシゴの架かっている箇所はほとんどなかったと記憶する.ハシゴの多い七倉尾根が,その分きついかな・・と思われる.

 <天狗の庭(左:高瀬ダム)>

 
 11:35に天狗の庭を出発.10分で標識「9/10」(標高約2,310m)通過.以降ハイマツに覆われた,なだらかな尾根の稜線歩きとなる.ガスが懸かっているので周辺の風景は分からない.しかし足元を見ると,黄色や赤に色づいた植物たちが,目を楽しませてくれる.規模は小さいが,お花畑もある.そして遂に「10/10」の標識(標高約2,450m)発見!.ゆっくり歩くこと5分,標高2,450mにある船窪小屋が見えてきた.運動会のように,小屋には旗が張られている.近づいてよく見ると,それはタルチョ(※)であった(12:30).
【七倉駐車場より6時間45分】
(※タルチョ:チベットやネパールで寺院などに飾られている5色の祈祷旗)

 <なだらかな尾根>



 <登山道脇の紅葉した植物>

 
 小屋は既に10人以上の登山客で賑わっていた.登山者の間では,人気のある小屋らしい.唯一の欠点は,水を買わなければならないことだ(500ml →100円也).水場はあるが,片道20〜30分を要する.洗面に必要なので1リットル分を買おうとしたが,小屋番は500mlで十分とアドバイス.何と!「コップ一杯の水で,顔を洗い歯を磨ける」とおっしゃるではないか!そこで試しにコップ一杯の水で顔を洗おうとしたが,半分も洗えない.結局,洗顔と歯磨きに500ml全てを使い切った.コップ一杯の水で済ますには,相当な鍛錬が必要であると感じた.
 
 <船窪小屋>

 

 
第2日(15日/火曜日/天候:晴れ 後 曇り)
 
 小屋を5時過ぎに出た.昨日は厚い雲が懸かっていたので,周辺の山の様子は皆目分からなかった.今朝は雲も無く,遠くまで見渡せる.小屋は意外と見晴らしの良い立地に建っていた,と気付かされる.しばらく夜明け前の峰々の大展望を眺め,写真に収める.よって出発は5:30になった.小屋を出てしばらく登ると,鐘が鳴り出した.振り返ると小屋番が手を振りながら鐘を鳴らしている.私も手を振って応えた.こちらから小屋が見えなくなるまで,鐘は鳴り響いていた.あの鐘の音からパワーをもらったような気分になった.烏帽子岳との分岐を5分ほど進むと,朝日の当たる七倉岳山頂(標高2,509m)到着(5:45).
【船窪小屋より15分】

 <裏銀座の山々(夜明け前)>



 <七倉岳頂上直近>

 
 山頂に立つと,今日の目的の山,蓮華岳が全景を現す.蓮華岳は東西に長く平坦な稜線を持つ,優美な山容を持つ山だ.その西側(左方向)に目をやると,明日登る針ノ木岳がどっしりと構えている.その頂上は三角の形をして,目立つ存在である.七倉ダムも朝もやに霞んでいるが,辛うじて目視できる.南方には表銀座,裏銀座の名峰が連なる.約5分,周りの山景を楽しんだ後,出発(5:50).次に目指す山は,北葛岳(きたくずだけ)だ.一旦,七倉乗越まで下って行く.途中,陽が昇り暖かくなってきたので,ウインドブレーカーを脱ぐ.コル(鞍部)の七倉乗越(標高約2,250m)に6:45着.ここより急登が始まる.登るにつれ低木に変わり,視界も良くなる.振り返れば七倉尾根が屏風のように立ちはだかり,その上にポツンと船窪小屋が望める.尾根越しに槍ヶ岳が悠然と聳えている.北葛岳(標高2,551m)には7:40到着.
【船窪小屋より2時間10分,七倉岳より1時間50分】

 <朝日の当たる裏銀座の山々>



 <蓮華岳(中央)と北葛岳(右)>



 <槍ヶ岳と七倉尾根(尾根上端右:船窪小屋)>

 
 ここは山頂と言うよりも登山道の一部,つまり単なる通過点と言った方が似合う雰囲気だ.しかし見晴らしは抜群.北面は蓮華岳と針ノ木岳に阻まれているが,南面は視界が開け,一望に見渡せる.10分の休憩の後,蓮華岳を目指し,いよいよ縦走開始(7:50).しばらく比較的緩い下り坂が続くが,尾根は突然切れ落ち,先が見えなくなる.ここより縦走路は一気に急降下.目の前の蓮華岳から延びる荒々しい岩の尾根(蓮華の大下り)を眺めながら,最低鞍部の北葛乗越まで下って行く.今度はあの岩尾根を登らなければならないと考えると,少々不安になる.北葛乗越(標高2,275m)には8:45到着.
【船窪小屋より3時間15分,北葛岳より55分】

 <北葛岳より望む針ノ木岳>



 <北葛岳より望む蓮華岳>



 <針ノ木峠>



 <北葛乗越と蓮華の大下り>

 
 やはり不安は的中!いきなり崖を10m近くよじ登るハメに.そして次に錆びた鎖を頼りに横方向へ這って行く.すると今度は垂直に近い岩壁が待ち構えている.同じく錆びた鎖に掴まりながら,ハラハラドキドキのロッククライミング.この登山ルートは,ほとんど整備されていないようだ.以降鎖場は無くなるが,岩場のきつい登りが延々1時間以上続く.いい加減うんざりした頃,蓮華岳山頂付近が彼方に見え出した.しかし,山頂に近づくほど登山道は小石混じりの砂礫となり,足元は滑り不安定になる.一歩進めば半歩下がると云った具合で,例えると砂利の山を登っているようなもの.辛抱強く,ただただ前進あるのみ!やっとの思いで蓮華岳山頂(標高2,799m)に到着(10:45).ところで北葛乗越と蓮華岳との標高差は,524mもある.縦走にアップダウンは付きものだが,500mオーバーはちょいと厳し過ぎる.なお,この区間は「蓮華の大下り」と呼ばれている.下るのも一苦労するだろう.
【船窪小屋より5時間15分,北葛岳より2時間55分,北葛乗越より2時間】

 <この岸壁を登る>



 <鎖場>



 <岩尾根を登り切った辺り>



 <頂上直下の苦しい登り>

 
 頂上には若一王子神社奥社があり,石造りの祠が建っている.三角点は少し離れた所にある.人目に付きにくい場所なので,ここで弁当を食べることにした.一昔前の山小屋の弁当容器は,プラスチックのフードパックが普通であった.最近はポリ袋か紙袋等の簡易包装に変わっている.内容もおにぎりが主流で,ラップで包むかポリ袋に入れている.割り箸は入っていない.よってゴミの減量化に大いに貢献している.自分の出したゴミは,当然,自分で持ち帰らなければならないので,この方式はいいことだ.弁当を食べている間に,東の方から雲が湧き出してきた.先程まで見えていた剱岳が,すっかり雲間に隠れてしまった.時計を見ると11時半過ぎ.小屋へ行くには少々早いが,雲が出てきたのでそろそろ腰を上げよう.

 <蓮華岳頂上>



 <蓮華岳より望む剱岳>



 <若一王子神社奥社>

 
 11:40針ノ木小屋へ向けて出発.なだらかな尾根の彼方に,針ノ木岳がどっしりと構えている.以降,正面の針ノ木岳と対面しながら歩くことになる.周囲に遮るものが無い雲上の稜線を歩くのは,まことに気分が良いものだ.「蓮華の大下り」を登った者への“ご褒美”と捉えるべきか?約30分間に渡る「天空の登山道」を満喫する.ここまで来ると針ノ木岳が随分と近くに迫る.そしていよいよ針ノ木峠への下りに差し掛かる.ハイマツ繁る登山道を,足を労りながらゆっくり下って行く.針ノ木峠(標高2,536m)に建つ針ノ木小屋へは,12:45に到着.
【船窪小屋より7時間15分,蓮華岳より1時間5分】

 <天空の登山道>



 <針ノ木岳と対面しながら下る>



 <針ノ木峠に建つ標識>

 
 到着時は晴れ間もまだあったが,小屋前のベンチで休んでいるうちに,完全に曇ってしまった.急に寒くなったので,小屋に入り宿泊手続きを済ます.本日一番乗りである.早めに手続きをすれば,寝床の条件の良い場所が確保できるからだ.洗面とか着替え等,一連の作業を済ました後,缶ビールを購入しに受付へ.500mlのビールがあるかどうか尋ねると,ビールは無いが発泡酒ならあると言う.少し迷っていたら,「生ビールがあります」と言うではないか!「エッ,生ビール!?」と一瞬我が耳を疑う.果たしてサーバーで注いだ大ジョッキの生ビールが目の前へ運ばれてきた.これで千円は安い!それにしても「生ビールあります」の貼り紙等の宣伝が小屋の内外,何処にも無いのは何故だろう?なお余談であるが,夕食時にも生ビールを注文したのは,言うまでもない.
 

 
第3日(16日/水曜日/天候:晴れ 後 曇り)
 
 針ノ木小屋を出発したのは,まだ薄暗い5:10.ヘッドランプの灯りを頼りに,ハイマツの登山道へ分け入る.目指すは今回の山行でのハイライトと言える針ノ木岳.登り出して10分程で東の空が白み始める.鹿島槍ヶ岳の双耳峰が,雲海から突き出ている.さらに10分後,今度は目前の針ノ木岳が,朝やけに赤く染まり始めた.足元には針ノ木雪渓が見下ろせる.所々,まだ雪渓が残っている.自然の営みは何と絶妙か!やはり山というもの,早出が肝心だと痛感する.5:40頃,ウインドブレーカーとヘッドランプをザックに仕舞い込む.針ノ木岳とスバリ岳のコル(マヤクボのコル)から,剱岳が顔を出している.稜線まで登って来ると,裏銀座コースの野口五郎岳が遠くに望める.6:20に針ノ木岳山頂(標高2,821m)到着.
【針ノ木小屋より1時間10分】

 <鹿島槍ヶ岳(左)>



 <朝焼けに染まる針ノ木岳>



 <マヤクボのコルの向こうに剱岳>



 <針ノ木岳頂上>

 
 遠くから眺める針ノ木岳は三角に尖っていたので,山頂は狭いと思っていた.ところが東西に長く,意外と広い.その西端に立てば,遙か彼方の薬師岳から立山そして剱岳までの連峰が一望に見渡せる.何と雄大な景色だろうか!遙か足元には黒部湖が拡がる.上流側の平ノ渡し場からロッジくろよん,そして黒部ダムの間際まで望ことが出来る.ダム本体は,残念ながら山陰に隠れている.目を凝らすと,立山黒部アルペンルートの大観峰駅が目視出来る.頂上からの大パノラマを一通り楽しんだ後,次は記念撮影と忙しく立ち回る.15分後(6:35),山頂を後にする.

 <野口五郎岳方面を望む>



 <頂上より望む立山と黒部湖>



 <蓮華岳方面を望む>



 <縦走路と後立山連峰の連なり>

 
 岩の転がるガラ場の急坂を,滑らないよう注意しながら下って行く.コルに到達するまで35分を要する.このコルは「マヤクボのコル」と地図に記載されている.「マヤクボ」とは「厩窪」と書くそうな.ここより岩山の登りとなる.進行方向左下方には,絶えず黒部湖が望める.登り切ればひとつ目のピーク(標高約2,700m)に立つ.地図には「小スバリ」とある.スバリ岳はもう目の前であるが,その斜面には如何にも急そうなジグザグの登山路が刻まれている.ここを何とかクリア.スバリ岳山頂(標高2,752m)には7:45到着.
【針ノ木小屋より2時間35分,針ノ木岳より1時間10分】

 <ガラ場の急坂>



 <マヤクボのコル>



 <スバリ岳頂上直下のジグザグ登山路>

 
 次に目指す山は,赤沢岳だ.スバリ岳から赤沢岳へ延びる稜線は,一見なだらかで歩き易そうに見える.実際はそこそこ上り下りもあるだろうし,それ相当なロングトレイルと思われる.赤沢岳の先に本日登るもうひとつの山,鳴沢岳が望める.宿泊する新越山荘は,鳴沢岳から下った新越乗越にある.後ろに振り返れば針ノ木岳が正面に聳え,その稜線を追って行くと針ノ木峠が見える.この様に一日に縦走する全コースを見渡せ且つ目視出来るのは,このスバリ岳のみではなかろうか?360度の大展望もそこそこに,赤沢岳を目指し出発(7:50).

 <手前から赤沢岳,鳴沢岳,新越乗越>



 <針ノ木岳>



 <針ノ木峠>

 
 頂上からのややきつい坂を下ると,後はほぼ平坦な縦走路となる.縦走路は富山・長野の県境に沿っている.以降しばらくの間,尾根の左側,つまり富山県側を歩くことになる.よって常に黒部湖を見下ろしながら歩ける.この頃(8時過ぎ)になると,湖上遊覧船が運行を始めるようだ.まるで鏡のような湖面に滑らかな航跡を残しながら,航行している.黒部湖の標高は約1,440m,そして今,標高約2,500m付近を歩いている.湖面との標高差は実に1,000m以上ある.その湖面から3,000m級の立山連峰が立ち上がっている.何度も立ち止まり,絶景をデジカメに収める.赤沢岳に近づくにつれ,登り勾配になる.長野県側の針ノ木雪渓下端に,扇沢ターミナルが望める.山頂直下に“滑落注意”箇所があるが,特に危険という程ではない.後は急斜面を直登すれば,赤沢岳(標高2,678m)到着(9:45).山頂は案外広い.
【針ノ木小屋より4時間35分,針ノ木岳より3時間10分,スバリ岳より1時間55分】

 <赤沢岳への縦走路1>



 <赤沢岳への縦走路2>



 <湖上遊覧船>

 
 ここまで来ると,剱岳に随分と近づいてきた.山頂からの眺望は抜群で360度遮るものが無い.しかし生憎,雲が湧き上がり始めた.この3日間の天候は,毎日ほぼ同じ傾向にある.早朝より9時過ぎまでは天気が良いが,10時頃から雲が懸かり始める.立山方面も雲に覆われだした.休むのは後にして,今のうちに写真を撮っておこう.そうこうしている内に,両方向から登山者が登って来た.いつの間にか7〜8人の登山者で賑わう.私はここで時間調整をすると,あらかじめ決めていた.このまま行けば,新越山荘に早く着きすぎるからだ.山頂の端にある石に腰掛け,ゆったりと休息を取る.しばらくすると,ひとりふたりと出発し,遂に誰も居なくなった.そこで弁当を取り出し,ゆっくり食べる.頂上滞在は1時間以上粘ったので,出発は11:00になってしまった.

 <赤沢岳頂上>



 <立山,中央やや左に大観峰駅>



 <頂上より望む剱岳>

 
 山頂からの下り坂で,足が痛いことに気付く.長く休み過ぎたせいか?それとも登山3日目の疲労からか?幸い,この前の南アルプスの時ほどの痛さでない.これなら大丈夫!目指す前方の鳴沢岳は,雲の中.いつしか足元の景色が,黒部湖から黒部ダム下流域の黒部峡谷へと移っている.かって黒部峡谷「下の廊下」を欅平まで歩いたことがあるが,終始緊張しっぱなしの連続だった.このルートの中間よりやや鳴沢岳寄りに,針ノ木隧道つまり「関電トンネル」が貫いている.12:15に鳴沢岳(標高2,641m)到着.雲間越しに鹿島槍ヶ岳が遠望出来る.
【針ノ木小屋より7時間5分,針ノ木岳より5時間40分,赤沢岳より1時間15分】

 <黒部峡谷を見下ろす>



 <鳴沢岳頂上>

 
 10分間の休憩後,12:25に頂上を発つ.ここまで来ればゴールの新越山荘は近い.ましてこれより山荘まで下りとなるので,さほど時間は要しない.疲れも出てきたし足も痛むので,ゆっくり歩き出す.周囲は白くガスが懸かり始め,視界はほとんど利かなくなってきた.おまけに冷たい風も吹いてくる.霧に霞む新越乗越に建つ新越山荘(標高2,465m)には13:10到着.山荘は一見,平屋かと思われたが,実は2階建てであった.強風を避けるためか,乗越より1階分下げて建てられている.
【針ノ木小屋より8時間,針ノ木岳より6時間25分,鳴沢岳より45分】

 <山荘は近い>



 <山荘到着>

 
 風が強いので,休む間もなく山荘へ.1階の受付にて宿泊手続きを済ます.驚いたことに,本日の宿泊者は私ひとり.大抵の登山者は新越山荘を飛ばし,種池山荘まで歩くようだ.前回の南アルプス仙塩尾根縦走時の十数時間に及ぶ歩行時間を考えると,今回の縦走時間は確かに短い.健脚者ならずとも種池山荘どころか,扇沢まで下山出来るだろう.ともあれ,お陰で大いにくつろげることは確か.明日の準備等,一通りの仕事を終え,500ml缶ビールを2本購入.そして暖房の入った2階娯楽室を占拠.ビールをチビリチビリ飲みながら山岳雑誌を読んだりして,夕食までの時間をのんびり過ごす.
 

 
第4日(17日/木曜日/天候:雨)
 
 朝食後部屋に戻り準備をしていると,ついに雨が降り出した.窓を開け空模様をしばらく観察.どうやら止む気配はなさそうなので,諦めて出発することにする.レインウェアを着込み,スパッツを装着して,いざ出発(6:20).雨は降っているが霧は発生していないので,視界はまずまず.山荘より少し登った尾根から振り向けば,昨日までに登った山々が一望のもとに見渡せる.うっすらともやが懸かっているが,立山・剱岳方面も望める.気をよくして歩くこと40分,新越岳(標高2,623m)到着.なお,この山の名は地図には載っていない.さらに歩くこと20分,岩小屋沢岳(標高2,630m)到着(7:20).
【新越山荘より1時間】

 <新越乗越>



 <蓮華岳(左)と針ノ木岳>



 <針ノ木岳から鳴沢岳の稜線>

 
 この頂上からも蓮華岳から鳴沢岳まで続く峰々が,一望できる.雨降る中,ミニ三脚を立てセルフタイマーで自撮りを敢行.10分後,山頂出発(7:30).尾根伝いに20分ほど歩くと,ひとつのピーク(標高2,532m)に着く.この頃から雲に覆われ始め,次第に視界は利かなくなる.雨は降ったり止んだりを繰り返す.登山道はいつしかハイマツ帯から低木の樹林帯に変わり,視界が遮られる.周囲の状況がさっぱり分からないので,歩く距離が長く感じられる.キャンプ場を通り過ぎると,まもなく種池山荘(標高2,450m)に到着(8:40).傍らに小さな池,種池がある.
【新越山荘より2時間20分,岩小屋沢岳より1時間10分】

 <岩小屋沢岳>



 <種池>



 <種池山荘>

 
 雨も風も強まってきたので,休憩は無し.ここより柏原新道を下り,扇沢へ向かって下って行く.鉄砲坂,富士見坂を通過.やがて通行注意箇所のガラ場(標高約2,050m)へ差し掛かる(9:25).落石の他に『サルやカモシカが上方にいる時,石が降ってくる事もあります。』と注意事項に書かれている.今から20年以上前,白馬岳〜鹿島槍ヶ岳縦走登山の下山時,私はこの柏原新道を辿ったことがある.あの時,樹上の猿の群れが登山道目がけて小石を投げていたのを,実際に目撃した.両手で頭を覆い,小走りで通過したことを思い出した.幸い本日は雨が降っているせいか,猿は一匹もいない.安全のため,取り敢えず早足でガラ場通過.
【新越山荘より3時間5分,岩小屋沢岳より1時間55分,種池山荘より45分】

 <富士見坂>



 <ガラ場>

 
 さらに下ることおよそ40分で,石畳に至る.名前の通り,石畳のように石が並べられ敷かれている.この途中,何人かの登山者とすれ違うが,傘を差している人もいる.この登山道は手入れもよく幅もあり,また風の影響も受けない.数少ない傘差し登山可能な登山道である.いくら防水透湿素材のレインウェアを着用していても,激しい行動をすれば汗をかき,結果濡れてしまう.さて,石畳からケルンまでの歩行時間は1時間5分.ケルンに取り付けられたプレートには,扇沢まで40分とある.モミジ坂から急坂となり,一気に高度を落とす.登山口の扇沢出合(標高1,350m)には12:25到着.
【新越山荘より6時間5分,岩小屋沢岳より4時間55分,種池山荘より3時間45分】

 <石畳>



 <ケルン>



 <柏原新道登山口>

 
 足は痛いが大したことは無い.しかし,雨は本降りとなった.これから七倉山荘まで戻らねばならない.まず扇沢ターミナルまで行き,タクシーを拾おう.もし客待ちのタクシーが出払っている場合は,ケータイで呼ばねばならぬ.その前にどこか適当な場所で,レインウェアを脱がなければ・・・などと考えながら道路に出た途端,一台のタクシーと遭遇.その時何故か偶然,運転手とバッチリ目が合った.運良く空だったので,急停車.レインウェアの上着だけ脱いで,あとはトランクに放り込み,乗車.運ちゃんの話を要約すると次のようになる.『ターミナルまで客を送り,帰るところだった.通常なら空で帰ることはないが,この雨なのでタクシー待ちの客は,誰ひとりいなかった』さらに続けた.『七倉山荘が全面的にリニューアルしたのは,2年くらい前かな』3日振りの七倉山荘には,13時前に到着.山荘玄関前には大町駅まで乗るという客が,タクシーを待っていた.タクシーはその客を乗せ,取って返し走り去った.


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(2015年11月記す)
−終わり−