徒然つれづれひとりごと



《#7.迷える建築設備考》
(総文字数 約3,900文字)
 そもそも私が建築設備設計を生業(なりわい)とするに至ったいきさつは,単なる偶然ともとれる.今を去る30有余年前,就職した職場でたまたま配属された部署が建築課だった.ただそれだけのことであり,何も好き好んでこの道に飛び込んだ訳ではない.建築課で一体何の仕事をするのか?機械出身の私にとってさっぱり理解出来なかった.それまで建築設備という分野があることすら,恥ずかしながらとんと知らなかった.今後花形になるであろうと思われた,情報管理部門を希望していたのに・・・『願いは叶わないものなんだ』とがっかりしたことを今も思い出す.
 
 さて,建築課に配属されたものの当然のことながら即戦力とは成り得ず,毎日コピー(当時は青焼き)とか文書の配達など雑用ばかりをこなしていた.時折,他部課の応援とか手伝いにも行かされた.それでも暇になると建築設備関係の書籍を自費で購入して読みふけっていた.そしてまたある時は,課で定期購読していた「新建築」とか「SD」などの建築専門雑誌を,隅から隅まで目を通した.著名な建築家の設計した,気に入った建物が掲載された本は目を付けておき,大きな声では言えないが,後にこっそり持ち帰ったりした.お陰で建築という学問を少々理解し得たのは,紛れもない事実.そんな生活が半年も続いただろうか.当時は大らかな良き時代であったせいか,誰もこのような私に一言も文句を言わなかった.
 
 そんな日々を過ごしていたある日,先輩の建築担当者に「学校プールの機械設備をやってみないか?」と勧められた.自信はなかったものの,仕事にあぶれていた私は"天の声"にも聞こえ,二つ返事で引き受けた.直属の上司はそのことを露知らず,完成した設計図書を見て驚いていたようだ.この仕事が,私の記念すべき建築設備設計第一号となったのである.
 
 以来,何の迷いもなく建築設備関係一筋に歩んできた.時は移り行き1990年になろうとしていた.その時,思いも掛けず大きな転機が訪れた!折しも当時のソ連共産党書記長ゴルバチョフが,ペレストロイカ(改革・再構築・立て直しの意味)を急速に押し進め,共産体制のソ連を民主化へと変革していた時期と重なる.まさに世界が大きく変わろうとしていた.ペレストロイカに影響を受けた訳ではないが,私は軽い気持ちでフッとヒラめいた.
『どうせなら自分で設備設計事務所をやろう.そうすれば上司に小言を言われることもないし,やればやるだけ稼げる.何よりも自由に休みが取れるし,これはいいぞウン♪』
o(*⌒―⌒*)o
 
 善は急げ!とばかり16年勤めた職場を退職,勇躍建築設備設計事務所を開いた.当時,バブル経済末期とは言え,やろうと思えば仕事はいくらでもあった.商売で物を売るのだったら,仕入れて右から左へといった具合に済むだろうが,設計はそう簡単に事は運ばない.自ずと処理出来る限界というものがある.そんな訳で手一杯で断ることも度重なった.当初,心に描いていた思惑(おもわく)とは根本的に異なり,逆に仕事に追われるハメに陥ることになった.無茶な期日を設定され,その日までに何があろうとも納めなければならない.徹夜で作業する日々が続いた.かって経験したことのない異質な事態に遭遇し,ただただ呆然.『これでは遊ぶ時間がないじゃ有りませんか!こんな筈ではなかったのに・・・』と悔やんでも後の祭り."後悔先に立たず"とは我が身のことだったのか!?
 
 その後数年間は随分と忙しい思いをした.しかし平成9年(1997年)4月,消費税が3%から5%に上がるやいなや,それまで続いていた建築ブームは,ぷっつりと途絶えてしまった.それでも官公庁関係の仕事は,そこそこ出ていたようだ.それも今世紀に入って加速度的に減少.以来今日に至るまで建築を取り巻く環境はじり貧状態.このような長期に渡る不況に見舞わられることになろうとは,それこそ予想外の想定範囲外.経済学者や評論家をもってさえ予測不可能なことだった.それでも「来年こそは絶対に好転する!」と希望を持ち続けていたが,時が経つにつれ淡い望みもすっかり無くなった.近い将来,もし消費税が10%に上がったら?と考えただけでも空恐ろしくなる.消費税が上がることによって最大の打撃を受けるのは,言わずもがな建築業界である.
 
 一方,IT関連とか電機・自動車など一部の大手企業は,過去にない史上空前の業績を上げている.これだけを見て「景気は着実に上向いている」とおっしゃる雲の上の御偉方がいるから,呆れて開いた口がふさがらない.『景気が上向く』という意味は,本来すべての業種,すなわち経済全体が好況に転じなければならないはず."砂上の楼閣"と言われる日本経済の行く末を案じずにはいられない.それにつけても企業減税・大資産家優遇税制とは何事だ!我々庶民は定率減税その他を廃止され,実質的な大増税であえいでいるというのに.政府は一体何やってるんだ!
 
 閑話休題.ともあれ,今まで汗水垂らして稼いだ金は事務所経費とか機器購入費につぎ込み,さらにここ数年来の赤字補填であっけなく消え去った.現在では真面目に毎日仕事をやっていても,経費と生活費を差し引けば,赤字になる始末.こんな無駄なことをやっていてもいいのだろうか?自問自答の日々が過ぎるばかり."ワーキングプア"そして"労多くして功少なし"を地で行っている.これには次の理由が原因として挙げられる.
@とにかく仕事の絶対量が少ない.
A新築工事がほとんどない.
B増改築又は改修工事ばかりとなり,設計にやたらと手間が掛かりすぎる.
C設備設計に要求される内容はだんだんと増える傾向にある.
D民間工事でも設計図書を納めた後,向こうの都合で何度でも修正を要求される.
E掛かる人件費・経費の割には,設計料は下がる一方.
F設計料の支払いが遅れる上,値切られることもしばしば.
 
 これから先も建築設備設計者の置かれている状況は,ますます厳しくなると思われる.加えて耐震偽装事件に端を発して建築基準法・建築士法が改正され,突然降って沸いたように,本年(2007年)6月20日から一部施行された.特に確認申請の厳格化が盛り込まれ,手続きが煩雑になり審査期間も延長された.これに伴って建築主の費用負担も相応に増える.このことが更なる建築低迷化に拍車がかからないか,相当心配なところだ.いや!既にその兆候は現われていると見た!
 
 今回の法改正は,建築業界を根本から叩き潰すような内容と言っても決して言い過ぎではない.構造設計は言うに及ばず意匠・設備の面にまで波及し,今や確認申請をクリアすることは至難のわざとなった.いくら不正を無くす事が重要と言えども,極端なやり過ぎはいけない.これではお上(国土交通省)の“いじめ”に遭っているようなものだ.“改正”ではなく“改悪”と言った方が分かりやすい.しかもこの“大改正”の内容を,ほとんどの発注者(建築主)は知らないだろう.ニュース性に乏しいせいか,テレビとか新聞は取り上げてくれないからだ.今後,設計者・施工業者・発注者との間で,費用・工期などを巡って衝突が発生するのは必至の状況だ.まず発注者に理解してもらうことが,法運用のかなめである.さらに円滑に確認申請を進めるには,早急に何らかの見直しが必要と思われる.そうしなければ日本の建築業界自体が成り立たなし,ひいては経済界全体の損失につながる.
 
 また確認申請時に各設計者(意匠・構造・設備)の責任所在を明確にすることとなり,確認申請書設計者欄に,設計に携わった全員の住所・氏名・電話番号等を記載することとなった.これまで裏方だった構造と設備が,やっと表舞台の袖(そで)へと繰り出した.これが「吉」と出るか「凶」と出るかは,今後の動向を注意深く見守らなければならない.責任だけが重くのし掛かるだけでは,全くたまったもんじゃない.
 
 建築設備は機械と電気に大きく分かれ,各々の設備がまことに広範囲で奥が深い.未だに知らないこと,分からないことだらけと言っても決して過言ではない.しかも設備機器は日進月歩で進化している.とてもついて行けない.自分の無知さ加減を改めて再認識させられる場面に出くわすのも,そう珍しいことではない.好い年をした者が,今更みっともなくて人にも聞けないので,自分で調べるしかない.その場合,インターネットはまことに重宝する.検索すれば大抵の情報を得ることが可能だ.従来のようにいちいち値の張る専門書を購入する必要が無くなった.メーカーのカタログとか資料・CAD図面もダウンロードして,即刻設計に反映出来る.必要な情報を必要な時いつでも机上で,しかもリアルタイム且つタダで手に入るのだから便利この上ない.今ではインターネット抜きの設計など到底考えられない.製図板とドラフターで描いていた頃とは,隔世の感がする.
 
 「それでは作業効率は相当向上したのか?」と問われるとそうとも言えない.確かに作業効率自体は,CAD化・OA化により大幅に上がっている.しかし前述したように,ひとつの設計に掛かる手間暇が近年相当増えて来たので,相対的には以前にも増して時間を要する.すなわち,現場調査は勿論のこと打合せ,計画,検討及び新技術の採用及びそれに伴う資料収集などに相当時間を割かれる.それだけ今の世の中ニーズは多様化し,すべての面に於いて高度化且つ複雑化する傾向に向かっているのだろう.
 
 それにしても何をするにも面倒な世の中になってきた.無論,このことはすべての職種に於いても当てはまることであろうが.うだうだ文句を言いつつ仕事をするよりも,早いとこ煩わしい設備設計の世界からあっさり足を洗いたいものだが,さて,いつのことになるやら・・・時は永遠に続くが人の生きる時間は限られている.たとえれば人生なんて,ほんの一吹きの風にすぎない.自分の人生を振り返って,これでよかったと思えるだろうか?もし,もう一度人生をやり直せるものなら,今度は何になろうかなぁ・・・そうだ,考古学者なんかいいかも!それも古代の建築設備研究なんて面白そうじゃないか!
O(≧∇≦)O
 
(2007年9月記す)


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